『 倫理実践で得た数々の体験より、感謝の日々 』
法人レクチャラー 山本 茂雄 様
昭和六十年に一般に入会しました。近所の奥さんが、子供が病気ばかりしているし、夫婦仲も悪く喧嘩ばかりやっているからということで、『新世』を持って来て倫理を進めてくれました。女房が「子育てセミナー」に出席して良い話をしてくれたと帰ってきました。これが、朝の集いに出席したきっかけです。第十三条「本を忘れず、末を乱さず」を勉強して、涙が出る程感心しました。ぼつぼつ倫理の勉強が始まりました。富士研にも参加しました。しかし、二から三ヶ月で元に戻るという状態で家庭は変わりません。
私は、女房の言う事を聞かない、否定する。すると黙ってしまう。ぶっ飛ばす、大げんか、こんな事ばかりしていました。
一生治らない
女房の気管支喘息が進んで、病院へ救急車で駆けつけることも頻繁となり危険状態となって来ました。一生治らないと言われました。研究所の先生に指導を受けたんですね。平成五年です。「女房は神様である、神様のように扱いなさい」と、書いてくれました。平成五年四月三十日。まあ苦しんでました。子供達もいるし、苦しくなるとすぐ病院に行ってしまって、家のなかは暗くなってるわけですね。
目白警察から呼び出し
三人の子供も、滅茶苦茶でした。三男坊は、中学二年生の頃、近所の学校の生徒達と喧嘩をするし、自転車をかっぱらって売ってゲームセンターやら買い物やら、仲間とそういう方に入っていったんですね。池袋警察署、また目白警察からしょっちゅう呼び出しがある。家内は、私に言うと怒ってぶっ飛ばされるんで隠してたんです。ある時CDディスクを六十程枚盗んで、売って遊んでた。今度は、父親が来ないと引渡さない、という事になり、家内が一緒に行ってくれと言うんです。目白警察にいきました。子供を引取って、家に帰ってぶっ飛ばしてやろうと思っていました。以前研究所の先生に、「子供の事より自分がその頃どうしていたか思い出して両親に詫びなさい」と言われた事を思い出しました。 私も、ガキ大将で柿を盗んだり、菓子をポケット一杯盗ったり、やらせたりしていた。そこで、お父さんが悪かった、ご先祖さんにお詫びしようと、子供を仏間に座らせて、仏壇の前に座ると、涙が止めど無く流れて顔が上げられない。子供の手前懸命に隠そうとしましたが、畳が涙でびしょびしょでした。それから、子供は、悪さを一切しなくなり今では、家の仕事を手伝ってくれ頼りがいのあるいい働きをしてくれています。
女房の病気が全く治ってしまった
その後、巣鴨法人会立ち上げ等で普及に夢中になっていましたが、気が付いてみると女房の病気が全く治ってしまっていたんです。…
三金塗装(株)社長
(モーニングセミナー講話より 文責 大住)

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