縁は異なもの味なもの さいたま市桜倫理法人会 國武建明
私の仕事はチーズケーキの専門店です。店頭には「クリーム色の話がしたい」と掲示してあります。
これは、小さな気付きから生れた言葉です。出会いが縁か、縁が出会いかよく分らない私ですが、倫理を学ぶようになって素晴らしい出会いが、目的を導き、希望をふくらませてきました。
純粋倫理では、身に起こってくるすべて事は「必然」とあるようです。私も色々の決心をし、挑戦していると、これは「必然だ」と思えてきます。
三つの出会い
一つ目の出会いは、人との出会いでした。黒澤さんです。この人の勧めで倫理法人会に入会しました。レストランを経営していた13年前です。入会早々、「ハイ」の実践から事務長を拝命し、逆にお世話をする立場になりました。
モーニングセミナーに夢中で通いました。その年を越す頃、母から療養している父に会いに来るように度々電話が入るようになりました。普段、田舎のことは放ったらかしで何もしていなかったのですが、3月に、子供も妻も一緒に、家族全員で見舞いに行きました。
母は、分っていたのでしょう。良かった、良かったと言っていました。そして、5月に父が亡くなり、1ヶ月程、田舎の手伝いをして戻ってくると、良い物件がある何かやりませんかとの提案がありました。6月から契約してくださいと即決を迫られました。
店の皆に相談しても、何も決まりません。カレー屋、喫茶店、飲み屋、スパゲティ屋と色々出ましたが話しはまとまりません。
チーズケーキ店
そこで、チーズケーキ専門店を提案しました。すると、皆が声を高めて賛成してくれたのです。レストランでチーズケーキを提供していましたから、それを元に7月中にオープンを決定して、店づくり、試作、商品の命名、パッケージを決定と大わらわでした。
その頃、大手の店ではチーズケーキが大盛況で、店の前には長い列をなす状態が続いていました。
その製品には決して負けない自信がありました。思い切って値段は高く売り出しました。お客さまが、ド-ンと来ました。夜仕事が終るのが午前2時、朝5時の倫理の集いに出席、足が倍になる程むくむ状態でした。
店もトントンと四店鋪に増やしました。 と書くと大変やり手のように思われがちですが、真の経営を知らない男はすぐに壁にブチ当たってしまいました。狭い地域に四つは多かったのです。しばらくしてヒマになり一店は退店を余儀なくされ閉店。妻に本店に戻ってもらってようやく切り盛りする状態でした。時間があまってしまいました。
しかし、この時の時間の余裕が良かった。私の夢を決定する大切な「小さな気付き」を生んだのです。「何の為にやっているのですか ?」「物語りはありますか ?」という課題を頂いたのです。
「クリーム色」は何処から
二つ目の出会いは、「生クリーム」との出会いでした。コックとして、30年も生クリームと付き合っている上での、衝撃的な出会いでした。
ケーキを作る時、大きなボールの中にはチーズと生クリームがいつものように入っていました。この時、アレッと思ったのです。
「クリーム色」は何処から出来た色なんだろうと。両方ともクリームと言うのに、ホワイトとクリームの2色ある。どうして2色、なぜ生クリームは真っ白 ?。
すぐに匂いをかいだり、味をみたりと五感を働かせました。私の牛乳の旅はここから始まったのです。改めて、生クリームの匂いが異様に不快に感じられたのです。業者に訪ねても答えは出ない。誰も知らない。生クリームはどのようにして出来るか誰も知らない。当り前過ぎたのです。自然にできる訳ですから。普通の牛乳をコップに入れて一日程置くと上の方に2ミリ程生クリームが浮いてきます。生クリームはバターの原料ですから浮くんです。
全農の丸の内ビルの「ミルククラブ」に行けば本物の牛乳があるといういうことで訪ねました。が実は、これも私の求めている物ではなかったのです。多くの団体が集まっている酪農協議会を訪ねても、これだという気に入った牛乳に出会えませんでした。図書館で牧場を探しました。そこの牧場を訪ねました。でも、高温殺菌、と脂肪球を壊す加工をしてある牛乳でした。生クリームが浮いてこない。
衛生上の問題で一般の人に飲んでもらう為には、雑菌を処理しないと、半日もたない事情があったのです。
たどりついた本物の牛乳
そんな時に、「日本の牛乳はなぜまずいか」という本に出会い、高温殺菌も脂肪球を壊す加工もしない、知る人ぞ知る本物にたどりつきました。
群馬の酪農農場にあったのです。そこで始めて本物の牛乳を手にしました。この牛乳を使い、本物の生クリームを原料にして、さらに美味しいチーズケーキをつくることができるようになりました。クッキーもこの本物の牛乳を使って作りました。
そこで、のぼりを立てて、「新製品です ! 」と売り出しました。牛乳も、「美味しいですよ」と試飲していただきました。驚くなかれ、その翌日に雪印乳業の大事件がぼっ発したのです。
100年の計を考える
びっくりする酪農事情、昨今の事件や気付きを警鐘だけで終らせたくないと思いました。100年後の日本の「食の未来」はどうなっているだろうか ? 食を顕微鏡で見ると全てが見えてくるようです。これからの日本・経済・文化・地球・環境まで影響します。共生・共存・共歓。未来を考え今実行することが必要です。
それは5千年以上も続いてきた米中心の日本の農業に替わり、酪農を中心とした農業です。周りに連携された米作り、野菜作り、畜産、フルーツ、ハーブ、薬草等、有機・無農薬の実現です。
チーズ学校やチーズ職人の育成、子供たちへの食育からそのメリットは計り知れない程です。目指すは、循環型社会の構築から緑化推進、Co2削減、環境保全から生きた緑、水の復活。あき農地、荒れた山野の有効活用、地方の過疎化防止から活性化、雇用対策促進、生活環境の改善から少子化の歯止め、自給率アップから国益となり、地方に新産業創出、食の安心、安全、健康とつながり、永遠の食の確保ができ、日本の将来の安定になる事業。国家予算もほとんど無しでできることです。
私は倫理の学びから、会社は何のために…、贈り物に物語りはあるか…、仕事に至誠はあるか…など、職人から経営者になった無い頭をひねって活動しています。実践では、ゴミ拾い、早起き、おこらない、これが良い、毎朝の挨拶、母への4年半続く1日通信はがき、明朗と無理のない事を続けています。この実践の結果がおもしろい !
強く決心をすると、まわりが動く
「チーズケーキ屋が考える日本の農業に着手します」と誓い強く決心をしたところ、今の店の力では、そんな大それた事できないぞと、天の声が。大口注文がつづき調子に乗るなとサギに会い、大量生産にもなれてくる。チームワークや団結力が生れて来て、大手からの出店願いを受ける。
人は、良い行いや考えで行動していると、良いことが沢山起きて来ます。浦和区の真新しいガイドブックに当店とスタッフが載っている。これは、もう一つ倫理法人会を作ると固い決心したからか ?。
健全酪農は埼玉県から発信したいと言い続けていると読売新聞の埼玉欄に私をカラーで紹介してくれた。私のやろうとしていることは日本の食の未来ですよと語っていると全国ネットのTV放映。ますますやる気にならざるを得ない。楽しいおもしろい ! ! 。出来ない事が出来るようになった。「時代は倫理経営」あなたもどうぞ。小さな気付きは、大きなロマンとなってつき進みます。

三つめの出会いは、心との出会いです。これも私にとって嬉しいことです。
私も経営者、めざすものがある !
だから伝えたい…今 あなたに……