『おやじに完敗』 三郷市倫理法人会 見付春雄
長男の私ですが、お前は村に帰ってくるな、いると村に迷惑がかかる、と言われつづけておりました。
身体の具合が悪くなった時、毎日見舞いにかけつけました。しかし、いつも、何しに来たんだ、おれは悪くないよそんな新幹線に払う金があったらお袋にこずかいでも置いてけ。来なくていいよ。と捨て台詞。
明日は、息子の結婚式の打合わせがあるから来れないよとお袋に話していると、何しに来るんだ、おれは元気になるんだ、もう来るな!とどなっていました。 只の一回もほめてもらったことが無く。お前のやってる事などたかが知れていると言っていた父は、その、打合わせの日に亡くなりました。
結婚式の打合わせに向う途中容体が変った知らせが入り急きょ青森に向いました。やっとの思いで新幹線に飛び乗りました。嫁さんも一緒の全家族。楽しそうな会話の中に亡くなった知らせが入りました。皆に言うことができず。寝た振りをしてじっとしていました。家内が、だめだったのねと察していました。
家には、父より早くつきました。白い布を被せられた父が帰ってきました。どうして死んだんだ、怒りともいえる気持ちで、バッと布を取ると、そこには、満面に笑みをたたえた、今迄見たことも無いおだやかな父がいました。妻が作った浴衣をびしっと着て、どうだ、まいったかと言っているようでした。
この時、完敗だと思いました。
母がカレンダーの裏に書き付けた葬式の手順を出してきました。父が二年前書いたものでした。
あのバカは東京へ行って帰って来ない。何も知らない。しょうがないとブツブツいいながら書いたという事です。
喪主は、私になっていました。手順、席順がきちんと、全部書かれていました。私は、その通りに葬儀を出し、親戚も納得していました。
息子の結婚式をどうするか、しばらく延期するべきか迷いました。招待状を出し返事も来ていました。親戚の人は、この不幸の中、日も浅いのに延期すべきだと皆言っていました。
和尚さんに相談すると、喜んでいた父が亡くなって結婚式もやめた。死んで何もなくなった、もっともっとつらいだろう、お前じゃないよ、おやじがつらいんだよ。死にたくて死んだんじゃ無い、それを結婚式までやめたら…。
親戚中和尚さんに説いてもらって結婚式をやることしました。
結婚式の前の日大型バス二台で東京へ向うことになっていました。当日の朝、電話がはいりました。結婚式出来ないよ、行けないよ。一晩に1メートル20センチも雪が降ったのです。親父ここまでやるのか。
高速道路は不通。四号線に出るまでの道をどうするか。村中の人、役場、隣村、ありとあらゆる手段をつかって道をあけてもらいました。翌朝7時に誰一人欠けることなく90名到着しました。、バスはボロボロ。アンテナも無し、マフラーも一本おれちゃってました。

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