2008年11月アーカイブ

富士研で父の光りを見ました    

         

                  吉川・松伏倫理法人会 会長 高嶋由紀子

 

 倫理法人会に入会して6年目に入ります。

初めて富士研に行って来ました。今まで拒んでいましたが、今回は会長会ということで、仕方なしに申し込んだのが本音です。

 

 でも参加するにはやはり何かを得たい、何か気づきがあるのではと期待をしておりました。学ぶ姿勢があればヒントや答えは足元にあることに気づくそうですから・・・。

 

 「感謝は最強の力」というテーマの講座がありました。屋外で感謝を深める実習です。ジャリ道を歩いた後に、小石の上に30分間正座するのです。

 

普段ですと5分もすると足がしびれてしまうのですが、不思議なことに30分間一度も足がしびれないという体験をしました。それだけ緊張感と意識が高まっていたのではないかと思います。そして空を見上げた時、亡くなった父の顔が大きく浮かびました。降りそそぐ光りとともに。

 

 その瞬間、あゝ、私は父の大きな光りに包まれて生きているんだと実感しました。そして、いつも天から私を見守ってくれている父への感謝の気持ちで一杯になり、涙があふれて頬を伝いました。

 

 一泊二日のプランニングセミナー、ハードスケジュールでしたが、感謝の心の習得ができたと確信しています。

 今度は単会から一人でも多くの役員の皆様と参加し、チームワークの強化、連帯感を深めて行きたいと思いました。今までの私のように、拒んでいる人がいましたら、是非一度参加してみて下さい。そして純情になり、父の光りと、母のぬくもりを、自分自身の心と体で感じとって来て下さい。

 富士研のスタッフの皆様方、大変お世話になりました。ありがとうございました。

あの時の私        横田忠彦

 

横田忠彦 002.jpg 闇と冷気に包まれ、砂利の上に正座する富士高原研修所。足の痛みに耐えながら講師の先生の声に聞き入り、瞑想する私の脳裏に浮かぶのは、若き日の父母の姿です。

 

 

 

 

敗 戦

牡丹江駅1.jpg 昭和20年8月初めのある日、満州東北の国境の町、黒龍江省牡丹江に住んでいた、私たちの耳に大砲と機銃の音が響いてきました。

 「逃げてくださーい。」「逃げてくださーい。」という伝令が表通りをかけめぐり、母は、3歳の弟を背負い、7歳の私の手を引いて、着のみ着のままで表へ駆出しました。他の家々から飛び出してきた人たちと共に、走っては歩き、走っては歩きながらようやく牡丹江の駅に到着しました。駅前にはすでに大勢の人々がおり、私たちの後ろからも次々に集まってまいりました。駅の構内には軍隊がおり、列車には兵隊が乗っておりました。駅の入口には兵士がずらりと横に並び、銃剣をこちらに向けて立っておりました。

 

私たちは取り残された

 

 「お前たちは乗るな!」と、叫んでおります。まもなく列車は出発し、次々に入ってくる列車に軍隊が乗り、銃剣の兵隊も乗った客車が去りますともう乗る列車はないと知らされました。私たちは取り残されたのです。騒然とする中で、満鉄の駅員の人たちが構内を駆け巡りあちこちに残った石炭を積む貨車をかき集め、一列車を編成しました。

「乗れるだけ乗って下さい。これが最後です!」の声に皆列車に殺到しよじ登りました。私は小さくて昇れず、母も必至に私を押し上げようとしていました。その時、突然何か強い力で体をつかまれアッという間にラグビーボールのように空中に投げられ、ドスンと貨車の中に落ちました。

 のちになって母は「誰かがお前を放り込んでくれたんだよ」と言っておりました。こうして運良く貨車に乗れて出発することができました私ですが、大勢の人は、乗れずに線路を歩いていくはめになったのです奉天駅竣工1.jpg

 

 父は行方不明になりましたので、母一人で私たち兄弟を連れハルピンを経て一路南へ向かい、奉天(今の瀋陽)に参りました。その途中、まったく偶然に父と再会し、父の知人の中国人の世話で、奉天市内の大きな家の屋根裏に隠れ住むことになりました。

 

 

感謝の日々

 

 その後私は栄養失調で死に際までまいりましたが、両親に助けられ、翌年引揚船で舞鶴に帰ってまいりました。

 両親のみならず私たちを列車に乗せて見送り、死んでしまったであろう満鉄の方々はじめ多くの人々のお陰で今生きていることを想うと、感謝の念を禁じえません。合掌。

腰痛格闘記  健康の発顕還元の原理 

              浦和中央倫理法人会 会長 厚川勝蔵 

  健康の発顕還元の原理で私が体験した事をお話しします。私の職業は材木を担ぐ商売で、50kg、重いものでは80kgの黒檀の6寸角の床柱を、体をミリミリ軋ませながら担ぎます。そのため、私には若い頃から、腰痛の持病があり、2年間に1週間は寝たきりになる程の腰痛で苦しみました。

 お客様も建設関係の方で、皆腰痛を経験していますから、指圧や針を、親切心で紹介してくれました。色々大枚を支払って試してみましたが、治る事はなく、ひどい時には、治療中に3時間も動けなくなるほどでした。

 

 2年ほど前、医師より、手術か腰の部分の代替の筋肉をつけるしかないと言われ、長年使った腰感謝しながら、腰の部分の筋肉を付けるため腹筋運動を毎朝公園のベンチで始めました。

 当初は5回位しか出来ませんでしたが、今では自分の年齢の数である60回ほど出来るようになりました。自慢話になりますが、裸になると縦割れに線の入った腹筋が浮き出て、我ながらほれぼれします。

 

 先日も、腰をひねり、腰痛になる気配がありましたが、短期に治りました。発顕還元の原理で始めた腹筋運動の成果が自分の体力に顕れたものです。

 腰痛になると、大体、寝るか休むかが普通です。ですが、腰痛になると、なお一層働く人もいます。体は使うためにあるものである以上、使えば良くなります。

 

                      (株)あつか (株)グリム 代表取締役

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